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お茶のヒミツ

002. 中国茶の歴史

第2回は、中国茶の歴史をご紹介します。

茶樹の起源は数千万年前ともいわれる中国茶。伝説では、農業神である「神農」が山々を巡り歩いて人間に適する食物を調べていた際、毒にあたったときに茶葉で解毒したとされています。

前回もご紹介したように、お茶は最初は茶葉をそのまま噛むことから始まったようです。その後「荼(苦菜の意味)」として一種の煎じ薬のように使われていました。そういえば「荼」と「茶」という字はなんとなく似てますね。

「茶」として飲用されるようになったのは紀元前1世紀ごろ(漢代)で、「僮約」という文書の中で始めて「茶」という漢字が使われます。このころの喫茶は一部の上流階級のためのものだったようです。

三国時代には嗜好品として飲用されるようになったようですが、はっきりと茶の飲み方や製法が確立したのは唐代になってからです。これらは陸羽が書いた『茶経』というまさにお茶のバイブルのような書物に記載されていますが、当時は茶葉を蒸して固めた固形茶である「餅茶」を抹茶のような粉末の状態にして煮出して飲むという手法が主流だったようです。

宋代では、固形茶の「片茶」と茶葉のままの「散茶」に大別され、街中にも茶館が建ち並ぶようになります。固形茶はより高級なものになり、一部の貴族たちが飲用しました。

紫禁城

現在のような茶葉のままのお茶が主流になったのは、明代になってからです。贅沢で手間のかかる固形茶を時の皇帝「太祖(朱元璋)」が禁止したために茶の形態が大きく変わり、武夷岩茶などの銘茶も登場します。また、茶葉を釜入りするようになったのもこのころです。茶器や茶壺も充実し、文化的にも重要な意味を持ちます。

清代には、康熙帝・乾隆帝などの有名な皇帝がお茶好きだったこともあり、茶文化が確立されます。多くの銘茶が誕生し、道具様式もでそろいます。また、海外への輸出も盛んになり、ヨーロッパでは後に大きな戦争を引き起こす要因になるほどの大人気となります。(このお話はまた別の機会に。)

この歴史の中で中国茶は世界的に注目される存在となって各地に広まり、その国特有の文化と混ざり合うことでいろいろな進化を遂げました。「tea」や「chai」、さらには日本語の「チャ」という発音が、中国語の「茶(cha)」に由来する理由も歴史が物語っています。

ちなみに、「Japan」という発音も「日本」の中国語読み「riben」(中国語の発音では「ジーベン」に近い発音になる)が中国大陸を経てヨーロッパに伝わったもののようです。